なんとなく生活保護制度を考えてみた。

原付のJAZZのブログなのに、なんか畑違いな記事ですが^^;
朝起きて、Yahoo!ニュースをぺらぺら巡っていたら、
主旨的(たぶん)に
「生活保護費が下げられて、人間らしい生活が送れないから反対集会を行いました。」
という内容のニュースがありました。
『人間らしい生活』ってなんでしょうね。
食べる、エッチする、寝る、いわゆる3大欲求は動物の本能ですよね。
ちょっとネットで人間の欲求で検索してみると、色んな段階があるようで
3大欲求は1段階目の生理的欲求
2段階目は衣食住の安全、安心の欲求
3,4段階目は、集団生活で他者とふれあい、認められたいという欲求
5段階目が、自分の能力をフルに発揮したいという欲求
で、生活保護のニュースに戻って、「人間らしい生活」(欲求)を満たすのに、保護費(お金)はどの段階で本当に必要なのか?現物支給では駄目なのか?
生理的欲求(食、寝、性)では、お金必要ないですよね。食料は配給で栄養バランスも取れるし、寝るのは部屋を支給すればOK、性欲は金がない高校生でも満たしているので本人次第だし。
もちろん、上を目指せばお金は必要ですけどね。
衣食住の安全、安心の欲求なんて、自治体が専用地区、集合住宅等で用意すればいいですよね。
集団生活で他者とふれあい、認められたいという欲求なんかも、支給された集合住宅や地区でのコミュニティー活動や、食料の調理、配給当番、なんとなく学生時代の寮生活のイメージですが、体が不自由な人と助け合って生活していくようなのが理想ですよね。
5段階目の自分の能力をフルに発揮したいという欲求、ここまで来るとさすがにお金が必要になってくるかもしれませんが、この欲求を満たしている人は、仕事して給料を手取り30~100万円もらっている人でも少ないのではないかな~。
生活保護費を全部支給、配給でまかなうのが難しいのは、
「他者から認められたいという欲求」を満たされない以前に、
「他者から軽蔑される、疎まれる」と受給者が感じるからでしょうね。
でも、
「あの人、生活保護特区で暮らしているみたいだよ。働かなくても暮らしていけるっていいよね!」
「あの人、生活保護費もらって暮らしているみたいだよ。働かなくても暮らしていけるっていいよね!」
本質は同じじゃないかな~。世間に隠れてコソコソ生活保護費をもらうか、私は生活保護を受けて生活していますと背中に張り紙をして暮らすかの違いですよね。
生活保護制度の建前は
「資産や能力等すべてを活用してもなお生活に困窮する方に対し、困窮の程度に応じて必要な保護を行い、健康で文化的な最低限度の生活を保障し、その自立を助長する制度です。」
ですが、背中に張り紙をして暮らす方が、確実に自立を助長するかと思います。
年金暮らしでお金がない年寄りの老人ホーム、母子家庭で面倒を見る人がいないので保育園に入れたい。
うまくまわせば、保護費を払わなくても支給(生活保護特区のような共同体)だけまかなえると思います。
自立のために職業訓練所等を同じ敷地に準備すれば、不正受給なんて減るのでは。
「子供がいじめに遭う」・・・、親が不正に生活保護を受けていなければ、どうどうと暮らせと子供に言えばいいし、それはいじめる方が悪いですよね。
育ての親が病気で仕事ができない、母子家庭のため生活費が足りない、両親が事故でなくなった、40歳代でリストラにあって仕事が見つからないから、一時的に生活保護を受けている。
これが原因で「子供がいじめにあう」というのは、どう考えてもいじめる方が悪いよね。
リストラにあって仕事が見つからない人向けにも、生活保護特区のような共同体があれば働き口があるのではと思います。そうすれば自治体の運営も節約できますし。
病人、老人、保育児の介護、見回り、世話話だけでも「他者から認められる欲求」を満たされるし、ゴミ当番、食事当番、レクレーション企画、いくらでも小遣い稼ぎ程度の働き口はあるかと思います。
で、個人的な考えは
生活保護費は廃止して、生活保護特区、集合住宅、食料配給等で生活保護をうける人は、基本現物支給でいいかと思います。
お金が必要なら、その保護特区内でのアルバイト(手伝い、助け合い)で自治体から対価をもらえばいいし、五体満足なら背中に張った張り紙「私は生活保護者です」を剥がすために、せっせと就職活動するし。
まっニュースを朝見て、生活保護者が現金を要求するのが意味不明だったので、こんな記事書いてみました。
人間らしい生活がしたいなら、現金ではなくて「行政が実施できるサービス」を要求して欲しいですよね。